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【読書感想文】『「き・く・あ」の実践』小林正観

元気ですか〜!?

どうも、ろけねおです。

今回読ませていただきました本はこちらでございます。

「き・く・あ」の実践

何度か読んでいるのに、なかなか実践できない本です。

上手に感謝しよう

事実は一つなのです。

それをどう捉えるか。

不幸は幸福を感じるために必要な出来事なので、幸福を感じるために存在することと考えると、不幸だと思うことがあったとしても、これで幸福を味わえると感謝できるのです。

のちに実際に幸福が訪れたとき、本当に幸福が訪れてくれてありがとうとまた感謝のです。

いずれにしても感謝する心がありさえすれば、いつまでも不幸にまみれる必要はないのです。

ポジティブシンキングによって無理から不幸を幸福に捻じ曲げて考えるのではなく、例えるなら空腹みたいなものだと考えます。

空腹を感じるからそのあと、食べるご飯がおいしいのです。

空腹がならなければ、ご飯を食べる気が起きないし、ご飯を食べなければおいしくもないのです。

つまり空腹はありがたいということです。

食べることに幸せを感じない方にはこの例えはピン来ないでしょうが・・・。

表面的に不幸だと感じられたことでも感謝が出来ると心穏やかに暮らせるのです。

とはいえ、3日も4日もご飯食べられないという事態が続いたら、なかなか感謝できないかもしれませんが、こういうときでも次のご飯はいつも以上に美味しいに違いないとウキウキするくらいになれば、もはや生きていくことで怖いものは何もないように思います。

相対から絶対へ

「き・く・あ」とは競わないの頭文字「き」と比べないの頭文字「く」と争わないの頭文字「あ」をあわせた小林正観さんオリジナルの言葉です。

これを実践することにより我々はより幸福を感じられるということなのです。

長い間、競い、比べ、争って育ってきました。

学校に行っている頃なんて競い、比べ、争うのの連続でした。

そうすることがむしろ普通のことでした。

まさか、それが自分に不幸を感じさせる原因だったなんて、キツい話です。

しかし、考えてみればこれらを強く意識している限りはある一瞬しか幸福になれません。

競って勝ったとき、比べて勝ったとき、争って勝ったとき、その勝ったその瞬間は幸福を感じます。

しかし次の瞬間、また別の競う対象、比べる対象、争う対象が表れます。

そうやって競い、比べ、争い続けることになるのです。

それが楽しくてしょうがないという人は、それで良いんでしょうけども、それがしんどい人は今すぐそういう考えを捨てられると楽になるはずです。

つまりは相対的な価値から、絶対的な価値にシフトするとずいぶん心が楽になるということなのです。

人それぞれ絶対的な価値というのは違いますので、自分にとっての絶対的な価値とは何か、よ〜く考えてみるのが良いのです。

ツイてるが口癖

言霊というのはあるようで、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句というのはなるだけ口から出さないほうが良いのです。

ボクはしょっちゅう出てしまうんですけどね。

気をつけててもなかなか治らないんです。

この本に出てきておもしろいな〜と思ったのは「疲れた(つかれた)」と言わないほうが良いというところです。

霊が憑依したのを「憑かれた(つかれた)」と言いますが、霊の側から見ると「つかれた」は被害者の言葉に思えるわけです。

つまり、霊が加害者。

「つかれた」を連呼していたら、律儀な霊は加害者になるつもりなく憑依したのに、あんまり被害者ぶるのでなんか悪いことをしないとマズいような気になって、危害を加えるのです。

そして、実際に体の具合が悪くなったり、事件事故に巻き込まれたりするのだそうです。

逆に「ツイてる(憑いてる)」というと、霊からすれば肯定的に聞こえるので、霊も憑依したことを喜んでもらってると思うわけです。

そしたら、なんか良いことをしてあげようという気になるというのです。

だから、疲れている時はむしろ、ツイてるとこぼすべきなんです。

ツイてると言う度にまた幸福がきた〜と感謝したら良いんです。 

言葉遊びのような話や、仏教に関する話などでいかに日々の生活でムダに苦しんだり悲しんだりしているかがわかる本です。

自分が不幸でどうしようもないと思う人ほど、苦しむ必要のないものをわざわざ苦しみ、悲しむ必要のないことわざわざ悲しんでいるのです。

この本を読めば、かなり気持ちが楽になること間違いなしです。

良い本でした。

それではまた。

ありがとう!

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