好き勝手なことを書いておりますが、悪意はありませんのでご了承下さい。

内藤哲也15周年記念:『週刊プロレス』No.2122

元気ですか〜?! どうも、ろけねおです。

長らく「アンチ内藤」を公言してきたので、本来は全く興味のない企画ではあるんですが、読んでみると興味深かったので、避けて通れませんでした。

※単にブログのネタに困っているだけです。

今週の週刊プロレスは、内藤哲也選手がデビュー15周年を迎えるということで、内藤哲也特集が展開されていました。

内藤哲也デビュー15周年記念大特集

15年の前半分は知らない

ファンならずとも興味深いのはこの15年を内藤選手自身が振り返るインタビューです。

昨日『新日ちゃん。』の「タイムトラベルアーカイブ」のことを取り上げましたが、

週プロと連動して次の「タイムトラベルアーカイブ」のゲストに内藤選手を呼んでほしいな〜と思いました。

このインタビューで語っていることを、試合映像と本人の声で聞けるのは、きっと楽しいでしょう。間に別の企画を2つくらい挟んでから、ぜひ内藤選手をキャスティングして下さい。

試合がポンポンとなくなったのでスケジュールにも余裕があるんじゃないでしょうか。

まず内藤選手のキャリアが15年であることに少々驚きました。

インタビュアーの方も冒頭に

個人的にはもっと長くやっている印象があります。

週刊プロレス No2122

とおっしゃってますが、ボクも全く同じです。

20年はやっているような気がしてました。39歳で15年ということはスタートが少し遅かったということですかね。

自信満々で入門テストを受けて、当然のごとく合格だったそうですが、なんで24歳になるまでテストを受けなかったんですかね?いや、受けてたのかな?

高校のクラブ活動引退と同時にアニマル浜口ジムに入門して、ケガでテストを受けられずに24歳になっちゃったという感じだったみたいですね。

本来は新日の道場で体を作ったり技術を磨いたりしてデビューを待つところ、浜口ジムに5年の下積みがあったということですね。

なんでそんなに自信満々だったんのか?

大学で格闘技でもやってたのだろうか?

なんて思っていたのですが、浜口ジムでのキャリアを足せばデビューまで5年かかった苦労人ということです。そりゃ5年もプロレスの練習してれば自信満々にもなるでしょう。

次に驚いたのは内藤選手がCHAOSに属していたことがあるということです。「そういえば聞いたことあるような・・・」という感じです。

棚橋弘至選手の対局に立つための選択だったらしいですが、その後CHAOSを追放されちゃって本隊に出戻りになったそうです。

何があって追放になったんでしょう?

もう一度ウィキペディアを読んでみますと、その時タッグを組んでいた高橋裕二郎選手と衝突して、CHAOSは高橋裕二郎側についたということのようです。

実はこの辺りまでの内藤選手を全く観たことがありません。

若手の頃からプロレスのセンスがあって、体力もあって、棚橋選手の次のエースは内藤選手だと言われていたそうです(そんな話はこのインタビューには出てきませんが、別のところでそんな話を読んだことがあります)が、相当期待された若手であったことがわかります。

この辺りの内藤選手を知っていると今の内藤選手の見え方も違ってくるんでしょうね。ちょっと残念。プロレスは長く観るもんです。

ボクが再び新日を見出したのが2012年のオカダ・カズチカ選手が凱旋した年なのですが、オカダ選手のインパクト(いわゆるレインメーカーショック)にそこそこ順調だった内藤選手が霞んでしまいます。

さらには膝の怪我で長期欠場となってしまい、ボクが再びプロレスを観出してからも長らく登場人物にいなかったのです。

だから2013年に復帰するまでの内藤選手を知らないのです。内藤選手のキャリアの約半分を全く知らないことになります。

それなのに、もっとキャリアがあるような気がしていたのは、それだけ濃厚だったということでしょうか。

こうやって振り返ってみますと、苦労の連続だったんですね。内藤選手にダメ出しするのが可愛そうになってきました。

「アンチ内藤」とか公言するのも控えようかなって気持ちにもなりました。

こんなに思うように行かないプロレス人生を歩んできたんだから、今はもっと自由にやらせてあげたいとすら思えてきます。

内藤の新日本プロレス

ご存知のように内藤選手は新日本プロレスが大好きで、随所に新日本プロレス愛が溢れておりますが、今回のインタビューもそうだし、過去のインタビューから抜粋された内藤選手の言葉を読むと、ボクが思う新日本プロレス像と内藤選手が思う新日本プロレス像には違いがあるように思います。

ボクは新日本プロレスはアントニオ猪木さんが作った団体ので、そのカラーが色濃く、今でも残っていると思っています。常に挑戦する団体で、その挑戦が失敗に終わることがあってもめげずに新たなステージを目指して突き進むというようなイメージがあります。

外へ外へと向かっていくところが、自分がそうやって挑戦することを恐れていたり、そんな勇気がなかったりするので、憧れてしまうのです。

ところが、内藤選手はあまり外に向かって発信するということをしません。

良い悪いの問題ではないはないんですが、その感じが何となく四天王時代の絶好調の全日本プロレスのように思えてました。

これがボクが今ひとつ内藤選手を好きになれない理由なんでしょう。新日本プロレスが大好きと言いながら、全日本プロレスからのやってきたスパイなんじゃないかと思えてしまうのです。

同じ新日であっても違ってしまうのは、ボクと内藤選手の間にあるジェネレーションギャップなのでしょう。

ちょうど10歳ボクのほうが年上ですから、多感な少年時代に観ていたプロレスも違います。きっと内藤選手が観た新日には猪木さんの影響があまりなかった長州力さんが牛耳っていた新日を観ていたでしょう。

あの頃の新日が内藤選手の「新日」なんじゃないでしょうか。

若手のときに、ドン荒川さんと対戦して試合後に、新日に対して怒りをあらわにしたという話が出てきますが、荒川さんと試合して怒るなんてどうかしてるとか思えません。

荒川さんにはプロレスの何たるかが詰まりまくっているので感謝はあっても怒りなどあるはずないと思えます。

本人も若かったと認めてますが、やっぱり昭和の新日本には全く興味がなかったんだな〜とこのエピソードで感じました。

好きすぎても悪くはないけど・・・

最後に担当記者の市川さんのコラムがあります。これも良かったです。

タイトルが「好きすぎて、なにが悪い。」となっていまして、筆者が内藤選手とのこれまでの関係やそのエピソードが綴られております。

好き過ぎても悪いとは思いませんが、ここが内藤選手が世間に届くほどのスターにはなれない理由な気がしました。

とはいえ、世間に届くほどのスターはほぼ皆無なんですけどね。オカダ選手ですら多分そんなには知られてないでしょうし。

すでにプロレスが好きな人だけを楽しませたら良いと考えているような感じがします。いや、プロレスファンではなく新日ファンだけが楽しければいいと思っているように感じました。

もっと多くのプロレスを知らない人にプロレスを広めたいという気持ちはあんまりないんでしょうね。

それが中邑真輔選手が指摘したという「内藤はプロレスファンすぎる」発言の意味するところだったんじゃないでしょうか。

プロレスラーになっているんだから、どの選手もプロレスは好きに違いないんですが、好きならばもっとたくさんの人に、この楽しさ、面白さを知ってほしいという気持ちになるのが普通だと考えていましたが、違うんですね。

首根っこを掴んででもこっちを向かせる。

かつて猪木さんだったかな?曖昧で申し訳ないんですが、そうやって世間の目をプロレスに向けさせるんだと語っておられたような気がしますが、ここにプロレスに対する誇りを感じたものです。

でも、内藤選手は別に興味ない人にわざわざ見て貰う必要はないと考えているように思いました。

これってプロレスファンの気質です。

今はそうでも無くなってきたのかも知れませんが、プロレスファンだと周りに知られると面倒になることがありました。

興味のない人やあまり知らない人にプロレスをディスられたりしたものですり

それなら、好きな者同士集まって愉しめばいいじゃないか、となるのはわからなくもないです。

でも、プレイヤーがそれでいいとは、ボクは思いません。

プロレスを、野球とかサッカーとか、そういうメジャースポーツと肩を並べるものにしたいという気持ちを新日の選手ならば持って欲しいな〜と思います。

結局、根本的な部分で内藤選手は折り合えないんだな〜と改めて感じました。

でも、今後は苦労人の内藤選手をディスるようなことはやめようと思いました。

それではまた。 ありがとう!


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