元気ですか〜!?
どうも、ろけねおです。
長州さんが最後にいろいろ語るということで、気になってしまいました。
この表紙で一番僕の目を奪ったのは、長州さんの横にいる小杉俊二選手です。おお、懐かしい!
いつの間にかいなくなってて、ちょっと寂しかったのを思い出しました。
〇〇だよねが気持ち悪い
この本は長州さんの有名な事件について、水道橋博士さんが聞くという本なのですが、対談形式なのは終盤だけで、本の大半はまず事件の概要を博士さんが語り、博士さんが聞きたいことを長州さんに聞き、それについて長州さんが答えるという展開です。
僕が関西人だからなのかも知れませんが、博士さんの語りの語尾が「〇〇だよね」とか「〇〇よね」という「ね」で終わる文章が頻繁に出てくるのにすごく違和感がありまして、読んでてずっと気持ち悪かったです。
実際、博士さんが喋っているのをそのまま文章にしたのかも知れませんが、喋っているのを聞く分にはこんなに違和感はなかったし、これまでに博士さんの本を読んでも
感じたことがなかったし、終盤の対談形式のところでもやっぱり気にならなかったので、「」(かぎかっこ)がつかないと気持ち悪い文章になるんだな〜と思いました。
あまりに鼻につくので、途中から語尾だけ読まないように心がけながら読んでました。疲れます。
語尾を統一してない文章って読みづらいのだな〜と反省した次第です。
「タコ」が究極の罵倒
今回の本での最大の発見は、長州さんにとって「タコ」という言葉が、最も強烈に相手を罵倒する時に使う言葉であるというところです。
有名な「コラコラ問答」では、途中に長州さんの口から「タココラ」が出てきます。これは橋本さんをムチャクチャ罵倒しているということなんです。それがわかると、このときの長州さんがかなり怒っていることがよくわかります。
僕から言わせれば、『タコ!』って言葉、そのほうが強烈だったですけど。タコって言われちゃってブチ切れちゃうっていう。
とか
まあ、生まれ育ったところでも『このタコ!』っていう言葉は聞いたことがないですよ。プロレスに来てからですね
と語っておらます。そんな悪口があったのかと、ある種の感動を覚えておられる様子です。
そもそもは日に焼けても黒くならず赤くなっちゃった山本小鉄さんを見て、
木村健悟さんが
『引き潮に乗り遅れたタコみたいになってるなあ』
と言って小鉄さんをムチャクチャにキレさせたことがあったそうで、この「タコ」という悪口の破壊力を知ったのです。
「コラコラ問答」でもひときわインパクトのある「タココラ」は長州さんの感情がたっぷり乗った言葉であったということを知ると、更に味わいが深くなります。
総合と長州さん
かつて「強さ」にこだわったレスラーは、だいたいプロレスの神様であるカール・ゴッチさんの影響を受けています。そして、ほとんどの昔の新日本プロレスのレスラーはゴッチさんの教えを受けているので、自然と新日本プロレスの選手は他のプロレス団体よりも総合に関わりを持つことになりました。
長州さんが若い時に、ゴッチさんのところに修行に行ったのに、すぐに帰ってきちゃったという話は有名で、当時、その辺りだけは長州さんにガッカリしたものでした。デビュー戦でゴッチ直伝だというサソリ固めをフィニッシュにして、それからもずっと使っていると言うのに、もっといろいろ教われば全日本に行った時もジャンボ鶴田さんと引き分けるなんてこともなかったんじゃないか、なんて思ってました。
でも、若いときの長州さんはすでに強かったし、強くなる技術よりもプロレスでしっかりご飯を食べるために「プロレス」を覚えたくて修行に来たから、ゴッチさんから教わることは何もないとなったそうです。
昔の新日本プロレスでは、関節技を決め合うスパーリングでガチンコの腕を磨いていたという話がありますが、その関節技に入るには相手を寝かせないといけません。しかし、長州さんからテイクダウンを取れる人はいなかったし、誰にも取らせないという自信があったので、そういうことにも興味がなかったんだそうです。
「強さ」にこだわらずに、「プロレス」を追求してきたのは、「強さ」に絶対的な自信があったから、というのがおもしろかったです。自分はすでに強いんだから、それはもういいと、いくら強くなったってお客さんを楽しませることが出来なきゃどうしようもないと考えておられたようです。
そんな長州さんですが、お客さんがたくさん呼べるならと、ヒクソン・グレイシーさんと戦う話を進めていたというのです。高田延彦さんがヒクソンさんに2回目の負けの時の試合を観て、長州さんは自分ならヒクソンに勝てると思ったそうです。高田さんでドームに一杯にしてるんだから、自分がやってもそれくらいのインパクトはあるだろうと考えたんじゃないでしょうかね。
ここでも勝ち負けではなく、お客さんをたくさん呼べるかどうかが長州さんは重要と考えていて、勝ち負けなら高田さんよりも船木誠勝さんのほうが勝ち目があったけど、2回もやったんだから、興行として成功したのは高田さんだと評価しています。
ファイターではなく経営者的な見方をずっとしていたんですね。
もちろん、長州さんが勝つほうがその後の興行も打ちやすくなるわけですから、ヒクソンさんと戦って勝てば美味しいし、勝てると思った今、戦おうとなったのです。
ところが小川直也選手と対戦したときに、自信があったクルス・フィックスをカンタンに振りほどかれてしまったことで、これじゃあヒクソンさんにも勝てないんじゃないか、と思っちゃって、テンションが下がったので、他にもクリアしなきゃならない問題もあったから、ヒクソン戦は白紙に戻したのだそうです。
ここもえらく冷静だな〜と思いました。
ちなみにクルス・フィックスという技は日本語で十字固めと表記するみたいですが、たぶんUインター勢と戦った時に、相手を抑え込むのに使ってたアレじゃないかな〜と思います。
ずっとプロレスを盛り上げていくにはどうしたら良いかを考えていた人なのかな〜と思いました。
終わりに年表がくっついているのですが、アレいります?あんなんでページ数増やさないで、もっと長州さんの話が聞きたかったです。
これが最後と言わず、もっといろいろ語って欲しいです。
それではまた。
ありがとう!