全てはプロレスである!

全てはプロレスである!

何でもプロレスに絡めて語る雑記ブログです。プロレスを知らない人でもわかるように心がけます。

今週のお題「修学旅行の思い出」

元気ですか〜!?

どうも、ろけねおです。

 

はてなブログを使わせていただいているので、たまに乗っかってみようかと思いまして【今週のお題】をやってみました。

 

僕は修学旅行というのに3回行っているわけです。その3回の思い出を綴ってみます。何のオチもないですが、広い心で受け止めていただけると助かります。

小学校:広島

たぶん広島平和記念資料館には行っていると思うのですが、

hpmmuseum.jp

その記憶が一切ありません。小学生くらいのときに修学旅行もそうですけど、遠足なんかでも歴史と触れる場所に行くことがありますが、歴史がよっぽど好きな子でない限りその面白さやら感動やらがサッパリ伝わらないんじゃないでしょうか。

 

少なくとも僕はその手の子供でして、最近になるまで歴史には何の興味もありませんでした。大人になってから戦争関係の施設だとかチョー古い建造物だとか寺社仏閣に行くと感動がスゴいわけです。この感動をどうにか子供たちにも分けてやりたいってことで遠足をそういう場所に選ぶんでしょうが、だったら子供が興味をもつようにしっかり噛み砕いておもしろおかしく説明すりゃいいんですけど、残念ながら僕の通ってた学校におもしろいこと言える先生ってほとんどいませんでした。今はいたら良いのに。

 

広島に行ったのに、初日のお昼だったかはカレーでした。僕はこのときすでにジャワカレーの中辛を家で食べていたので、

ここで出されたお子様カレーの甘さに愕然しました。こんなカレーじゃねぇくらいの勢いでした。ところがそのカレーを食べて「からい!」と言って泣いてる子がいました。これじゃ食べられない、と。「お前、これ以上甘かったらもうカレーやないで」と思いながら、世の中には極端に辛さに弱い人がいるのだな〜と思ったものです。

 

さらにカレーにウスターソースをドッカンドッカンかける子もいました。我が家ではカレーに調味料を入れるという発想すらなかったので、これまた衝撃でした。それを見て、辛いと泣く彼にソースかけてソース味にしたら良いんじゃない?と提案したような気がします。いや、心の中で思っただけかも知れません。曖昧ですみません。何しろ30年以上前の話ですから。

 

原爆で被爆した方だったか、とにかく戦争体験のあるおばあちゃんの講演会もありました。これが冷房の一切利かない猛烈に蒸し暑い会場で展開され、暑さでおばあちゃんの話どころではなかったです。しかもおばあちゃんの話もダラダラと長いだけで何がいいたいのかサッパリわからず、とにかく苦痛でした。

 

今思えば戦争体験者の話を聞くというのは大変な貴重なことで、しっかりじっくり聞いてみたいとは思いますが、会場のエアコンディションくらいは整えてほしかったです。

 

そういうような修学旅行でした。

中学校:白馬

中学生になると白馬に行きました。

www.vill.hakuba.nagano.jp

公式観光サイトをご覧になるとわかりますとおり、ここらの推しは雪山です。多分スキーを行くところでしょう。スキーだったらもうちょっとテンションが上ったのかも知れませんが、僕が行ったのは夏の山でした。ただ何もなく、ひたすら山でした。何もない山に来て何をしろと?となりまして、かなりテンションが低かったです。

 

ペンションのおもてで巨大な犬が飼われていて、当時は動物が苦手だったので、これもさらにテンションを低くしました。今では犬を飼ってるんですから、人間って変わります。

 

思い出といえば、お土産に野沢菜とそばを買ったことくらいです。

当時、なぜかウチの食卓にちょいちょい野沢菜が出てきまして、それで飯を書き込むのが好きだった僕は野沢菜にテンションが上ったのをよく覚えています。

 

それと夜に、大きな部屋にみんなで集まって、電気消してろうそく立てて、自分のつらい過去を話すイベントが有りました。女子は泣いてたりしました。僕にはここで話したら泣いてもらえるようなつらい過去などありませんでしたので、おしゃべりなのに何も話すことがないことで、お鉢が回ってこないように祈っていました。

 

そして、その話を聞いたところで、その話の何が悲しいんだ?いったいどう思えば良いんだ?これはどういうイベントなんだ?とあらゆる意味がサッパリわからなくて猛烈に退屈だったのを思い出します。先生方は何を目的にあんなのをプログラムに組み込んだのでしょう。46になっても未だ不明です。

 

そういうような修学旅行でした。

高校:長崎

長崎と近くの島に行きました。島の名前までは思い出せません。小学生の時と同じくきっと原爆資料館やら平和公園やらに行っていると思いますが、その記憶が一切ありません。

www.nagasaki-tabinet.com

たしか修学旅行の行く前だったか、はだしのゲンの映画を見せられたような記憶があります。どんな内容だったのかはサッパリ覚えてませんが、とにかく焼けただれた人が苦しそうという印象しかありません。

 

少し前に『ザ・デイ・アフター』という映画を観ていたものですから、

今なら原爆が落とされたら、こんなに苦しまずにあっという間に灰にされるんだから、こんなの観る必要あるか?と思って、ちょっと嫌な気持ちになってました。

 

さて、長崎では有名な観光名所がたくさんあります。僕はそういうところに一切行ってないのです。とにかく歴史には一切興味がなくて、行くのも面倒でしたので仲間と一日中バッティングセンターで遊んでました。ホントは少しバッティングセンターで時間つぶしたら、公開したばかりだった『リーサル・ウェポン2ー炎の約束ー』を観に行こうとか話してました。

でも、映画館が見つからなくて仕方なく、ずっとバッティングセンターにいたのでした。

 

長崎ちゃんぽんでも食べたら良いのに、お昼にきつねうどんを食べたりしてました。反抗期です。

 

でも、佐賀に住んでたおじいちゃんのアドバイスで、おみやげにカステラを買うなら福砂屋というところで買いなさいと聞いていたので、素直に買いに行きました。他の生徒のほとんどはあらかじめ割引券を配られたオランダ物産だったかな?そんなようなインチキ臭い(と高校生の僕は思ってしまいました、ごめんなさい)名前のお店でなぞのカステラを買ってました。

 

だから、僕と仲間だけ持ってる紙袋が違ってました。

辛抱できずにお土産用を少し減らして、そのとき買ったカステラをその日の夜のデザートとして食べました。

 

これがビックリ。

 

それまでカステラをおいしいと思って食べたことがなかったのですが、これが抜群においしかったのです。今まで食べていたのは同じ名前の別の食べ物だったんじゃないか?とすら思いました。一緒に食べた仲間もそのウマさに感動してました。このときほどおじいちゃんに感謝したことはありません。

 

そういうような修学旅行でした。

 

わざわざブログに書くようなことでもなかったかも知れませんね。とにかく楽しい学生生活でした。

 

そのときに一緒に時を過ごした友達の誰とも今では交流がありませんので、今はどうしてるんだろうな〜と思い出に浸れました。でも、名前はサッパリ思い出せません。ごめんなさい。

 

それではまた。

ありがとう!