全てはプロレスである!

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プロレスについての持論を展開しつつ、時々脱線するブログです。プロレスを知らない人でもわかるように心がけます。

孤独は死ぬことよりキツい:映画『レスラー』鑑賞記

元気ですか〜?!

どうも、ろけねおです。

 

このところ映画やらドラマをやたら観ています。

 

このブログのために今回こちらを観ました。

ミッキー・ローク主演の『レスラー』です。

 

かなり前から観ておかねばならんという気ではいたのですが、なかなかその気にならなかったんですが、どこにも行かないGWでついにやることがなくなってしまい、もうこのタイミングで観るしかないと思った次第です。

ヤラセでしょ?に対する返し

プロレスをどう捉えているかでこの映画に対する印象は変わってくるでしょう。

 

ボクはプロレスをやったことがないので、この映画の中で起きている出来事が普段見ている新日でも起きていることであるかどうかはわかりません。

 

ただ、こういう仕組みであることはまず間違いないと思っていたので驚きも落胆もありません。

 

ボクと同じようにプロレスブログをやっている人ですら、プロレスをガチンコと捉えている人がいるので、全プロレスファンが観る映画であるとはとても言えません。このせいでプロレスが嫌いになってもらったら困るからです。

 

でも、ここで描かれている仕組みやシステム、からくりを受け入れてからが本当のプロレスに出会えい、本当のプロレスファンになれるように思いました。

 

映画の中にも主人公のプロレスラーが、プロレスなんてヤラセでしょ?と言われてしまうシーンがあります。

 

そこで主人公は、否定せずにこの傷を見てみろ、どこそこで闘った時に、誰々にどんな技を受けてついたものだ、この傷は本物だぜ、と返すのです。

 

主人公は20年前はWWEのような団体のメインを張るレスラーだったのですが、現在はスーパーでバイトしながら週末は小さな団体のリングに上がっているというプロレスラーです。

 

そしてその小さな団体ではデスマッチをやっていたりします。

 

「ヤラセでしょ?」の返しに体中に刻まれた傷を見せて、これでもヤラセだと言えるのか?を選ぶところはまるで初期のFMWの大仁田厚さんのようでした。

映画を見ている観客にはあれだけプロレスの内側を観せておきながらも、映画の中ではプロレス関係者ではない、いわゆる素人さんにこういう返しをするというのは、プロレスラーとしての矜持を観ました。

 

わかってみるほうがより楽しくはなるけども、プロレスラーがペラペラと喋って良いものではないのです。

80年代の音楽は最高だ

主人公が気になる女性と一緒にビールを飲みながら音楽の話をするシーンがあるのですが、そのお店で流れているのがRATTの『Round and round』でした。

80年代はボクにとっても青春時代ですし、ボクもこの頃の音楽にムチャクチャ影響を受けておりますから、ニヤニヤしました。

 

主人公はGuns N' Rosesの『Sweet Child o' Mine』が入場テーマ曲でした。

そして、主人公はニルヴァーナが登場してグランジが流行って音楽はダメになったみたいなことを言います。

ガンズ・アンド・ローゼズが活躍した'80年代の音楽は最高だった。'90年代はニルヴァーナの登場のせいでグランジばかりが流行して最低だった。

※ちなみにボクの観た字幕ではこのような訳にはなってませんでした。

ボクは当時ニルヴァーナを前向きに捉えてはいましたし

このアルバムもかなり聴いたんですが、それは流行に乗り遅れてはいけないという強迫観念からくるもので、グランジという音楽にハマることはありませんでした。

 

そして未だに聴いているのは、80年代のハードロックばかりだったりします。

 

主人公のレスラーはボクより少し上だとは思いますが、同じ時代をリアルタイムに生きていただけにその言いたいことはよくわかりました。

ファンが家族だ

主人公のプロレスラーは試合後に心臓発作を起こして倒れて病院に運ばれてしまい、お医者さんから引退勧告を受けてしまいます。

 

自分の人生を捧げてきたプロレスが出来なくなったことで急に寂しくなったんでしょうね、長らく放ったらかしてきた娘に会いに行きます。最初こそ拒否されたものの、心臓発作のことやこれまでのことを謝ったりして、なんとか信頼の回復が出来そうなところまで行きました。

 

ところが娘との食事の約束をすっぽかしてしまい、娘から絶縁されてしまいます。

 

良い感じになったかと思った女性には袖にされ、バイトでミスってやけくそになってバイトもやめてしまいます。

 

ついに何もかも失った主人公は自分にはもうプロレスしかないと、引退するつもりだったのに再びリングに上がってしまいます。

 

リングに上がった時、主人公はそこに集まったお客さんに対して、感謝の言葉を述べて、そして、君たちこそが自分の家族であると言うのです。

 

誰も必要としてくれない(自分が原因を作っているんだけどね)がリングに上がれば、ファンは自分を必要としてくれる。孤独を抱えながら行きていくよりも、必要とされるリングの中で死にたいと思ったのではないでしょうか。

 

孤独は死よりもキツいものなんです。

 

改めて自分の周りの人間を大事にせねばならないと思いました。

 

 

この映画はそのほとんどのシーンが主人公の背中を撮っています。常に入場シーンのような感じです。薄暗いところから明るいところに出ていくのです。その背中はいつもどこかが寂しげでした。

 

結局最後の試合はどうなったのか、主人公は生きているのか死んでいるのか、わかりません。

 

こういう結末はお客さんの想像にお任せしますという映画は基本的には嫌いなんですが、この映画に関してはこれで良かったと思いました。

 

残酷な現実しか待っていないような気がして、とても最後まで見ていられない気分でした。

 

プロレスラーの晩年が寂しいものであったという話はよく聞きます。スターレスラーだった人でさえ、レスラー時代におった肉体へのダメージのせいで満足に日常生活をおくれない方もいます。 

 

そういう晩年が待っているとなると、若い人がプロレスに希望を持てなくなりますから、ある程度プロレスラーを続けていた選手には何か引退後の生活を助ける制度や仕組みがあると良いなと思いました。

 

より一層プロレスを応援していこうという気持ちになる映画でした。

 

それではまた。

ありがとう!


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