全てはプロレスである!

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何でもプロレスに絡めて語る雑記ブログです。プロレスを知らない人でもわかるように心がけます。

飯塚孝之さんと飯塚高史さんの思い出

元気ですか〜!?

どうも、ろけねおです。

 

本日は飯塚高史選手の引退の日です。もうあのお姿を観ることはできなくなります。

飯塚高史

いつかの飯塚さん

いつの間にか丸善インテックアリーナ大阪という名前になっていた大阪市中央体育館で、ちょうど僕の前が通路になっている席のときに、飯塚選手がそこを通って入場してくれまして、飯塚選手の肩をポンと叩いたらその肩が思っている以上にゴツゴツしていて、こんなキャラになっても練習だけはしっかりやっておられるんだな〜と(プロなんだから当たり前なのかも知れないけど)えらく関心したのを昨日のことのように思い出します。

飯塚高史

いつかの飯塚さん

せっかく近くに来たのに慌ててしまい、このブレっぷり。こんなにすぐ引退してしまうならもっとしっかり撮るべきだったと猛省しています。

 

実は飯塚選手にはなんの思い入れもありません。しかも、今絶賛展開中の天山広吉選手との因縁友情等々力渓谷祠ストーリーも、完全に後追いで、2人がモメていたときのことを全く知りません。なので今回はもっと前、飯塚高史ではなく飯塚孝之だった頃のことを中心に、飯塚選手の思い出に浸ります。

赤パンツ時代

飯塚選手のすぐ上の世代になる闘魂三銃士のヤングライオン時代のことは覚えているのに飯塚選手のヤングライオン時代もきっとあったはずなのに少しも記憶にありません。気がつけば長身のイケメンの若手は赤いパンツを履いて長州力さんのタッグパートナーに大抜擢されていました。

 

なにゆえ、この飯塚孝之なる若者が長州さんとタッグを組んでIWGPタッグに挑戦するのか、当時の僕はさっぱりわかりませんでした。馳浩さんと一緒にサンボ留学したからかな?

 

長州さんがその気になれば、誰がパートナーであっても(リキラリアットを当ててフォールする間、カットしようと入ってくる相手のパートナーを抑えられれば体力自慢の高校生でもパートナーで行けるほど、長州さんのリキラリアットは絶対的フィニッシャーでした)IWGPタッグくらいカンタンに獲れてしまうという状況で、実際飯塚選手はチャンピオンになってしまいました。

 

ベルトを獲ったのは初めてだったのか、巻いたベルトがユルユルだったのを覚えています。そして、これが現在までIWGPタッグが軽んじられる原因になった、EVIL選手がタッグベルトの価値の向上を訴えないきゃならないほどまで価値が暴落した原因だと思っています。

 

どのくらい防衛したかは覚えていませんが、すぐ負けちゃったんじゃないかな?

ja.wikipedia.org

あ、一回ですね。これは長州さんが思ったほど飯塚選手が受けなかったので、もういいやってなったんだと思います。

ピンクパンツ時代

飯塚選手は海外に武者修行にいつの間にか行っていて、そしてカッコよく帰ってきました。体の厚みは増しているように思ったし、イケメンでスラッとしてスタイルが良く、しかもショッキングピンクのショートタイツというAV男優みたいな姿で、当時トップを走る闘魂三銃士と馳浩さんや佐々木健介さんにケンカを売りました。

 

当時、セクシーターザンとか実況の人に言われていた武藤敬司さんも似たような体つきでイケメンでしたが、頭が薄くなり始めてました。ハゲたらトップはキツいだろうな〜と思ったので、毛がなくなる前に飯塚選手がトップを取るだろう、これからは飯塚選手の時代だって期待感が半端なかったです。

 

ところがパンツ以上のインパクトは残せなかったのです。

 

派手なのはパンツだけで後は全部地味。技も良いのがありましたが、裏投げは先に馳浩さんが代名詞的技にしちゃったし、オリジナルホールドのブリザードスープレックスはいつの間にか全日本プロレスの秋山準選手が同じような技をエクスプロイダーという名で使い始めて人気を博し、どちらも使いづらくなった飯塚選手の地味さはさらに加速しました。

 

それでも何か武藤選手のムーンサルトに匹敵するような派手なフィニッシャーさえあればすぐに浮上できると信じていましたが、いつの間にかショッキングピンクのパンツは脱いでしまわれました。

青パンツ時代

今の飯塚選手の以前の記憶はこの青パンツ時代までしかありません。黒パンツになって、魔性のスリーパーでブイブイいわしていたのを僕は観ていません。

 

J.J.ジャックスという野上彰さんとのタッグで、派手さを全面に押し出そうとするも失敗しまして、あのときはヒラヒラのついたハーフロングタイツだったかな?でしたが、J.J.ジャックスが終わったら青に赤い模様の入ったショートタイツになって、地味さが復活しました。

 

そして時はUWFインターナショナルとの対抗戦。実力者である証明がなされるものと思いきや、若手の域を出つつあったとはいえ、まだまだ飯塚選手の敵ではないと思っていた高山善廣選手に負けてしまうのでした。

 

内容はサッパリ覚えてませんが、腕ひしぎ十字固めでタップアウトという結果は、対抗戦で負けても良いのは飯塚選手と獣神サンダー・ライガー選手かなという予想通りでもあり、高山如きに負けたどうする?という憤りもあり、という複雑な心境でした。

 

馳さんと共にサンボを習いに行っていたので、実はU系のような戦い方のほうが得意なのではと活躍を期待するも、その後しばらく続く対抗戦でも一切活躍しませんでした。

 

その内僕がプロレスから離れて、また帰ってきて、再び観た飯塚選手は今の姿でした。最初見た時の驚きは凄まじく、一体何があったのか慌てて調べたものです。

 

人ってこんなに変われるものなのか、と驚いてしまいましたが、きっと今までずっとキチンと職務を全うしていただけなのではないか、ずっと真面目な人だったのではないか、そう思えています。

 

さ、もうすぐ始まります。存分に楽しみましょう。泣きましょう。

 

それではまた。

ありがとう!


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