全てはプロレスである!

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プロレスについての持論を展開しつつ、時々脱線するブログです。プロレスを知らない人でもわかるように心がけます。

『デス・マグネティック』メタリカ 鑑賞記

元気ですか〜!?

どうも、ろけねおです。

 

月に1枚くらいのペースでロックのアルバムの感想を書こうと思っております。先月は人間椅子の新譜の感想を書きました。

www.loca-neo.com

プロレスにしか興味ない人はスミマセン。たまに違うことを書きたくなるのをお許し下さい。

ヘヴィ・メタルを聴くのがしんどかった

さて今回は新譜でも何でもない、メタリカの『デス・マグネティック』というアルバムです。

メタリカの熱心なファンというわけではありませんが、昔は結構聴いてました。でも、ベーシストがロバート・トゥルージロに変わってから、すっかり聴かなくなってしまいました。

 

それはロバートさんが気に入らん、ということではなく、ロバートさんの加入時期辺りからヘヴィ・メタルを聴くのがしんどくなった時期に入っただけのことです。今は一周したんでしょうね、無性にヘヴィ・メタルを聴きたくなる日があります。

 

そもそもそんなにヘヴィ・メタルが好きだったというわけではなく、どちらかといえばもうちょっとライトなハードロックが好きなのですが、聴いておかないとマズいという雰囲気に飲まれて聴いて、いろいろある中ではメタリカはしっくり来たという感じでした。

ベースの存在感が薄い

僕の好きなマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』で「メタリカ」というスタンドを使うキャラクターが出てきたのですが、それが磁石のような能力だったので、なんでだろ?と思っていたら『デス・マグネティック』をアルバムを出していることを知り、じゃちょっと聴いてみるかと思って、聴いてみたのです。

 

『メタル・ジャスティス』というアルバムで

メタリカのベースの存在感のなさにメタリカへの愛情がかなり薄れてしまってから、アルバムタイトルとも思い出せないくらい惰性でしか聴いてませんでしたので、かなり久しぶりのちゃんと聴くメタリカでした。

 

ベーシストも変わったから、きっとベースももう少し存在感があるだろうと期待していたのですが、やっぱり存在感が薄かったです。この存在感の薄さは曲のヘヴィネスを薄めているように思えます。ヘヴィ・メタルなのに、ヘヴィネスを控えてどうする?という気持ちになります。

 

ただ、それゆえにヘヴィ・メタルファンでない人には耳触りは良いかも知れません。

 

ベースを弾くものとしては、かなり寂しい仕上がりです。もちろん、僕の音楽を聴く環境にも問題があるのかも知れませんが、ヘヴィな音楽は低音が腹をえぐってなんぼだと、僕は思っていますので音的には物足りませんでした。

ドラムのシンバルが好き

もうお気づきでしょうが、僕は人間椅子が大好きなのですが、しばらく聴かないうちにメタリカは随分人間椅子に寄ってきたような気がしました。いや、人間椅子が寄せたのか。

 

何と表現していいのかわかりませんが、僕の記憶にあるメタリカ感は薄れていました。ただ歌っているのがジェイムズ・ヘットフィールドさんであるから、メタリカだとわかりますが、これ違う人が歌ってたら、メタリカの皆さんの演奏でメタリカの皆さんがお作りになった曲とは気が付かなかったでしょう。

 

それほど、僕の中のメタリカ感とはかけ離れていました。知ってるところで例えると人間椅子となってしまいます。ギターのバッキングとアレンジが似ているように感じました。 

 

明らかに違うのはギターソロとドラムです。

 

ギターソロは昔からメタリカのはあんまり好みじゃありません。それはちゃんとこのアルバムでも継続しています。

 

人間椅子とはドラムが全く違います。アレンジも音色も違います。アレンジはどっちも好きですが、ただ音色は人間椅子のほうが好きです。スネアは高音が抜けるほうが好きです。

 

特にアレンジで好きなのは、シンバルの入れどころです。僕が想定する場所ではないところにパ〜ンと炸裂します。それがかゆいところに手が届くような感じで、実に心地が良いのです。こちらも昔から変わりません。

 

ヘヴィ・メタルをそんなに聴かない人でも割とスンナリ聴けるアルバムになっているように思いますので、ヘヴィ・メタルに興味が湧いて、はて何を聴いたら良いのだろう?と迷った時にこれから入ると気持ちよくヘヴィ・メタルが好きになるんじゃないかと思いました。

 

それではまた。

ありがとう!