全てはプロレスである!

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プロレスについての持論を展開しつつ、時々脱線するブログです。プロレスを知らない人でもわかるように心がけます。

涙の3連発:『有田と週刊プロレスと3』エピソード19・20・21・22

元気ですか〜!?

どうも、ろけねおです。

 

長らく触れていなかった『有田と週刊プロレスと3』の話題でございます。ワールド・タッグリーグを追いかけるのに必死で他のことにかまっている余裕が無いという感じだったのですが、さっそく今夜『Road to TOKYO DOME』が始まりまして、2日続けて生中継ですが、土曜日はさっそく忘年会なのでライブで観られません。今日も途中からになりますので、またも感想を書くのがズレてしまうかと思いますが、宜しくお願いします。

 

まずエピソード19です。こちらは週刊プロレスが主催したドーム大会の話でした。

この大会、当時僕は全然ピンとこなくて、いやむしろ団体対抗戦がないんなら、やらんでええやん、くらいに考えていました。大好きな新日本プロレスが提供したのは橋本真也 vs 蝶野正洋でしたが、僕は蝶野さんが好きじゃないし、橋本 vs 蝶野がドームのメインって弱いな〜と思ってしまったのも興味を失った原因です。ずっと欠かさず週刊プロレスを購入していた時代で、興味はないけどもこのドーム大会『夢の架け橋』の増刊号は購入してました。そこでレポートを読んで、わざわざ遠征してまで行くことはなかったかなとホッとしたのを思い出しました。

エピソード20:WAR後楽園ホール大会

続いてエピソード20ですが、ここから毎週泣かされています。

タイトルは『夢の架け橋』の後編ということになっていますが、取り上げられているのはドームのお隣、後楽園ホールで行われた天龍源一郎さん率いるWARの大会のお話です。

 

天龍さんがかつて所属していたSWSを週刊プロレスが叩いて、SWSが崩壊(週プロだけが悪いんじゃないけど)したことからから遺恨というのか因縁というのか生まれまして、当時の週プロの編集長であったターザン山本さんと天龍さんは仲がよろしくないわけです。

 

そんな中、週プロが『夢の架け橋』を開催するとなったのですが、同日にWARは後楽園ホールで興行があるので「出ません」となりました。ドームの満員のお客さんの前で試合させてやるって言ってるのになんだそれ、後楽園なんかキャンセルしろ、キャンセル料払ってやるから、というような感じでイケイケだった週プロはWARに対して高圧的な態度だったと言います。

 

これからの集客を考えるとドームに出て試合を見せたほうが良いのかも知れないし、同日ドームで試合をやっているのだから、自分のところの客入りが悪くなるかも知れません。でも、天龍源一郎を信じてついてきてくれたファンのために天龍さんは後楽園での興行を行いました。

 

そこに盟友・長州力新日本プロレス現場監督が参戦を表明します。会社の人間としてドームには橋本 vs 蝶野を提供したけど、個人としてはWARに協力するというのです。長らく週プロを楽しんでいましたが、この頃少しずつターザン山本さんが鼻につくようになってきていましたし、上に書いたとおりドーム興行がピンときてないし、大好きな長州さんが天龍さんとの友情を見せてくれたしでWARの後楽園に行くしかないんじゃないかという気になりました。

 

結局は遠いので断念しましたが、僕と同じように思った人も多かったのか、この日後楽園ホールは超満員だったそうです。長州さんと天龍さんの男気や友情に泣けました。ええ話やな〜。

エピソード21:赤いパンツの頑固者

続いてエピソード21です。

以前、ちょっとだけ田村潔司選手のことを書いたことがあったかと思いますが、あんまり好きじゃない選手です。一般的にはプロレスラーという肩書なのかも知れませんが、実際彼がプロレスをしているところを観たことがないので、プロレスをバックボーンに持つ総合格闘家というのが正しいかと思います。で、総合は基本的に興味ないし、大好きだった高田延彦さんに「真剣勝負してください」なんて言葉を吐いた男ですから、今でも良い印象はありません。

 

ただ今回取り上げられたのは新日本プロレス vs UWFインターナショナルの対抗戦あたりから、

田村潔司 vs パトリック・スミス戦までの話でしたが、これは泣けました。

 

プロレスを頑なにやらないということで新日との対抗戦には一切出ない田村選手は、いわば干されたわけです。今のように総合格闘技がまだそんなに浸透していませんから、UWFインターのリング以外にはなかなか上がるところもないわけで、失業したみたいになりました。

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※この話はここ↑に見事にまとめられていますので、全然知らない方は一度読んでみて下さい。

そこでK-1の石井和義館長からオファーが来るのです。K-1のリングで総合をやりませんか?ということです。で、相手がパトリック・スミス選手。あんまりよく知らないけど、プロレスばっかり観てる僕ですら名前を知ってた選手でしたから、そりゃもう間違いなく強い総合の人です。このときの田村選手はUWFスタイルのプロレスしかやったことがなかったんじゃないかな?もしも負けたら、もう次はないのです。プロレスなんかやるかボケーと背を向けて、これで総合で負けたら終わりなのです。強いから価値がある、それが総合ですから。

 

そんな猛烈なるプレッシャーの中での試合に田村選手は見事に大勝利。あんまり好きではなかった田村選手でしたが、この時田村ってスゲーな〜と思ったのを今でも覚えています。

エピソード22:新格闘王前田日明

最後はエピソード22です。

前田日明 vs ドン・中矢・ニールセンの話です。この日を境に前田さんは「新格闘王」と呼ばれるようになったんですけども、この時はアントニオ猪木さんが終わった日でもあるんです。すぐに引退したわけではありませんが、ここから猪木さんのリング上での存在感はどんどん消えていきます。

 

猪木さんも好きでしたけど、このときの前田さんはムチャクチャカッコよかったんです。しかも猪木さんは全然前田さんと絡まないのです。「いつ何時誰の挑戦でも受ける」と言っていた猪木さんが、前田さんの挑戦だけは受けないものですから、こりゃ前田さんってホンマに強いんじゃないかって思ってしまうわけです。しかもシャレが通じないエピソードも持ってらっしゃいますし。

 

受けなければ受けないほどに、猪木さんは大して強くなかったんじゃないか、勝てそうな相手だけを選んできたんじゃないか、という気持ちが膨らんでいって、どんどん猪木さんが嫌いになっていってました。

※この頃はプロレスの仕組みをわかってませんでした

 

そこでこの試合。リアルタイムで観てました。前田さんが勝った瞬間、小躍りして喜んだのを覚えてます。その後のアントニオ猪木 vs レオン・スピンクスは何があったのかサッパリ覚えてないくらい、前田勝利のインパクトが凄かったんです。スピンクスさんは後に大仁田厚さんとも戦っていたような・・・。

 

前田さんがこの試合の裏話を読んでから、この試合を観るとまた違った味わいが出てきて、この日もそれを思い出し、泣けました。本当なのかどうなのかはわかりませんが、新日から数々の嫌がらせを受けてきた前田さんが、それを物ともせずにニールセンさんを倒したというのがカッコ良く、嬉しくて泣けたのです。

 

本当のところはわかりません。とにかく前田さんが不利な状況での試合だったと前田さんが語っておられるので、現状はそれが通説になっています。猪木さんもこの日のことは語られてないそうですし。

 

近頃、以前にも増して涙もろくなってしまいましたが、いい話で泣くというのは気持ちいいもんです。これからもプロレスのいい話で泣きたいです。

 

それではまた。

ありがとう!