全てはプロレスである!

全てはプロレスである!

何でもプロレスに絡めて語る雑記ブログです。プロレスを知らない人でもわかるように心がけます。

内藤も棚橋も真壁も大嫌いだった

元気ですか〜!?

どうも、ろけねおです。

 

僕は2012年頃にプロレスファンに戻りました。

プロレスを観なくなった理由も以前書きましたけど、

これ以外にも小さな理由が幾つかありました。

新日本プロレスを観なくなった理由

以前に書いたのは完全にプロレスそのものを観なくなってしまった理由なんですが、それでも新日本プロレスは大好きだったのでチョコチョコとは観ていたのです。

 

その新日本プロレスにも愛想を尽かしてしまったのは、新闘魂三銃士に希望がもてなかったからでした。

柴田勝頼選手について

まず柴田選手は当時からこの3人の中では一番好みのレスラーだったのですが、早々に総合に行って(柴田選手が新日本を辞めた2005年にはすでにプロレスを観なくなってましたし、2000年に入ってからはチラチラと週刊プロレスを観るくらいになってしまってました)しまいました。

 

僕は総合がそんなに好きではないので、総合に行ってしまったプロレスラーのことを応援しようとは、特にこの時は思わなくなってました。プロレス界のためには絶対に負けてはならない戦いに不用意に(本人的には十分に用意してたんでしょうけどね)飛び込んでいくのは勇気じゃないと、無責任すぎるとむしろ嫌いでした。

棚橋弘至選手について

続いて棚橋選手ですが、古い新日本ファンですので、そもそもチャラチャラした感じのレスラーには嫌悪感を抱いてました。

 

ボディビルダーのようなカチカチの筋肉質の体型もレスラーとしてはダメな気もしてました。

 

しかも使う技が藤波辰爾選手のような返し技や丸め込み、武藤敬司選手を劣化コピーに見えるようなものでしたので、学生プロレス出身ということだけどもその延長でプロレスしてるんだな〜と思えて大嫌いでした。

 

しかもルックスが良いというだけでどうも新日本プロレスはこの選手を推していくというように思えたので、この選手がエースじゃもう新日本はダメだと思えてしまいました。

棚橋弘至が古い組織を変えた方法。一番にこだわらなかった一番の男。 - プロレス - Number Web - ナンバー棚橋弘至が古い組織を変えた方法。一番にこだわらなかった一番の男。 - プロレス - Number Web - ナンバー

多くの人が現在の新日本プロレスの大躍進があるのは、棚橋選手のおかげである、最大の功労者であるといいます。しかし、多くのプロレスファンが去っていったのも、当時の棚橋選手に魅力を感じなかったからではないでしょうか。僕だけがそうだったとは思えません。

 

今では、棚橋選手が奮闘してくれたおかげで今またプロレスを楽しめているわけですから、感謝しています。

中邑真輔選手について

早々とIWGPヘビー級のチャンピオンになってしまったことが、イヤでした。この時には新日本プロレスのやることなすことにイチイチ腹を立てていたときでもあるんですが、いくらガチンコがやれて、ルックスが良い選手だからって、いきなりチャンピオンはないだろとガッカリさせられました。

 

また、これで中邑選手の試合そのものがおもしろかったら良かったんですが、総合寄りの戦いをしてましたから、少しも楽しめませんでした。

 

身体を大きくして、ランドスライドを使いだした当たりではもう観てませんでした。今、その頃の試合を観ますとなかなかいい若い選手だな〜とは思いますが、やっぱりチャンピオンをやるほどではないと思います。

 

このようにこれから新日本を背負っていくであろう選手に魅力を感じなかったのが新日本を観なくなってしまった理由です。

ダメだと思っていた選手が良くなっていた

オカダ・カズチカ選手を観て、再びプロレスを観るようになったのですが、プロレスは1人では出来ないので他の選手があいかわらず魅力を感じなければ、こうして継続しては観てなかったでしょう。

 

ダメだと思っていた選手がダメじゃなかったのです。

 

大嫌いだった棚橋選手の試合に感動したのです。え?こんなに試合が作れる選手になってたの?という驚きがスゴかったのです。

 

藤波選手や武藤選手の劣化コピーではなく、しっかり棚橋選手オリジナルブランドを確立してました。

 

中邑選手は全然違う選手になっていました。ブルブル震えて、クネクネしてました。人間ってこんなに変われるものなのかと驚きました。そして、過去の中邑選手のことはすかっと忘れてしまい、一発で面白がってしまいました。

 

さらに驚いたのは真壁刀義選手。

 

僕が観ていた頃はまだ真壁伸也選手でした。本当になんでこんな選手入団させたんだろう?と思うくらい何もない選手でした。

 

使う技も棚橋選手と同じで偉大なる先輩の劣化コピーで、その劣化具合も相当でした。

 

気がついた時には暴走キングコングというニックネームで、鎖を首からぶら下げてましたが、偉大なるブルーザー・ブロディの丸パクリか?とイラつきました。

※これが本当の暴走キングコングですってずっと思ってました。

フィニッシャーの名前までもキングコングニードロップにして、迫力を100分の1にして使いやがってと、当初は試合を観ても腹が立ってました。

 

それがいつの間にか、悪くない→良いなと、どんどん変化していきまして、今では好きな選手の一人になってしまいました。

 

今の新日本プロレスは、かつて新日本プロレスとは全然違う団体になってしまったけど、こんなに面白くなってるんだったら、全然問題ないどころかむしろこれが良いとすら思うようになっていたのです。

観てない間にデビューしていた内藤選手は・・・

さて、僕が観てない間にデビューしていた選手がたくさんいるのですが、とりあわけ天才と称される内藤哲也選手は鼻についてました。

 

世代的に仕方がないのかも知れませんが、またしても武藤選手のコピーで、棚橋選手よりもさらに似せてきていて、まずこれがイラっとしました。

 

それでも試合が面白ければ良いんですけども、一つ一つの動きは天才と称されるにふさわしいとは思いましたが、それが試合の中ではどうにも線にならずグズグズになっている感じがず〜っとしてました。

 

しかも、マイクパフォーマンスも独特の節回しがなんとも芝居臭くて、ナマの感情が見えてきませんでした。モテたくて必死にカッコを付けている感がどうにもダメでした。

 

ところがロスインゴベルナブレス・デ・ハポンとなってヒールターン?した途端、マイクに感情が乗り出し、試合も緩急がつきました。それまでとやっていることはほぼ同じなのに、ムチャクチャ良くなって見えました。

 

思えば、若い頃の武藤選手は大嫌いだったのですが、アメリカでグレートムタに変身してから日本に戻ってきたら、試合がムチャクチャ面白くなっていて、一気にファンになったことがあったのですが、この時もまた、動きに緩急をつけるようになっててグッとカッコよくなったのです。

 

それを思い出しました。

きっと内藤選手の今の状態は武藤選手におけるグレートムタみたいなものなのかも知れません。

 

こうなるといつかロスインゴがなくなって、本体に戻ってくるような時が来たら、内藤選手はもっともっとカッコいい選手になっているかも知れませんね。

 

嫌いと思った時点で気になる存在になっているということなので、ファンになる日は近かったんでしょうけど、これほど短期間の間に嫌いの感情を好きのほうに近づけてくれる(ただ、好きというところまではまだ行ってない)とは思いませんでした。

 

やっぱり内藤選手はスゴいな。

 

それだけにもうちょっと活躍させてあげて欲しいです。

 

それではまた。

ありがとう!